第19回【今でも記憶に残る看取り 2事例】

第19回【今でも記憶に残る看取り 2事例】

看取りを行う施設ってどんどん増えて行っていますよね。初めて看取りを経験したときはどうしたらいいのか分からない上にご家族様の対応もどうしたらいいのか不安でしかありませんでした。看取りっていいなぁと感じる時も怖いなぁと感じる時もあります。

今回は私が看取り対応をしてきた中でとても印象に残ったエピソードをご紹介します。どれも実体験です。同じような体験をされた方や不安を感じた方がいらっしゃるかと思います。少しでも看取りについて知って頂けたら幸いです。内容は個人情報の観点から事実とは異なる事も交えながら書いています。

【1. 感動的なエピソード】

とても頭の回転が速く職員の事を良く見ていたAさん。私が出会った時は椅子や車いすから降りて床をいざっていました。異動が決まったため挨拶をしに行った際、ユニット玄関入口の床で横になっていたのが初めての出会いで、転倒して倒れているのかと驚いたのを今でも覚えています。

気に入らないと「馬鹿野郎。」「あんた嫌い。」と自分の意思を発言され、時には手が出る事もありました。引っかかれた職員も多く対応が大変だと聞かされました。また、元気な頃は杖を振り回しながら職員を追いかけていたとも聞いてとてもパワフルな方なのだと教えられました。

施設内でもそれほど元気だったAさん。在宅介護の時は本当に大変だったと娘様より話を良く聞かされていました。嫌な事があると夜中でも家から出て行ってしまい家族総出で外を探し回り、気が付いたらいつの間にか家に戻っていたなんてことがしょっちゅうだったそう。

その間Aさんはどこにいたのかというと、隣の家の庭先に身を潜め家族が探しに出たのを確認して家に戻っていたと…。こんな生活をしていたら家庭崩壊しますよね。娘様より寝る時間もない程、本当に辛い時間だったと話されていましたが本当にそうだと思いました。

こんなことが続き良く緊急ショートを利用されていたそうで、入所が決まってホッとしたと話されていました。それだけではなく、Aさんと娘様の間には「もっと深いわだかまりがあるんです」と娘様よりいろいろな話を教えて頂きながらAさんと関わっていました。

これだけの負担がかかっていた娘様ですが面会には毎月来てくださっていて凄いなぁと感じていました。それなのに面会の度に寝たふりをされていたAさん…。月日が流れこれだけ元気だったAさんも徐々に体力の衰えが見え始めました。寝ている時間が増え、床に降りても自分で椅子に座ることが出来ず横になったまま。

トイレにお連れしても足に力が入らず職員1人でトイレ介助することが難しくなっていきました。食事も途中で寝てしまう事が増えたり、自分で食事を食べる事が難しくなってきたり…。しかし介助をしようとすると怒るなど、どうしたらAさんが望むケアが出来るのか見直さなければいけない事がどんどん出てきました。

面会の度にご家族様に説明し、必要物品が出てきたら購入金額をお伝えし購入しても大丈夫か相談するといつも「必要だったら購入していいです。」と快諾してくださっていた娘様。本当に頭が上がらない思いでした。おかげで色んなケアを提供することが出来ました。

ここから娘様と職員との二人三脚のケアがスタート。面会の度に今日はこういうケアをしてみてどうだったか、購入させていただいた物品がどうだったかを伝えたり、最近の様子についてこういう良い事があった、こういう事を話されていた、こういう事で怒られてしまった等話をしたりしていくようになりました。

二人三脚でケアをしていく間もどんどんAさんの状態が悪くなっていきそのうち起きている時間が食事の時間のみになってきました。施設側から娘様へ看取りの説明を行い施設で看取る方向に決まり、食事は食べたいものを食べられる時に食べたい量だけでいいという流れになりました。

パワフルだったAさんも体力の衰えと共に「ありがとう。」「あんた大好き。」等感謝の言葉が多く聞かれるようになりました。看取り期に入り最期が近くなる方の中には人が変わったように穏やかになられる方がいらっしゃるのですがAさんはまさしくそのタイプでした。

娘様の面会時にはいつも寝たふりをしていたAさんも徐々に話をするようになり、娘様が驚かれることもありました。そんなある日、お部屋で2人きりで話をされて出てこられた娘様より「母と和解しました。今まで思っていた胸の内を伝えたら『ごめんね』と泣きながら謝られたんです…」との話が…。

涙を流しながらその話をされた時、思わず私ももらい泣きしてしましました。介護の仕事をしているといろんなご家族様を見ます。仲がいいご家族様もいれば音信不通のご家族様や面会をお断りしなければいけないご家族様等様々です。ここまで関係が修復したケースは10年以上介護をしてきた中で初めての事でした。

和解された日からほどなくしてAさんは帰天されました。ご家族様の希望で湯灌等は行わず朝早くに自宅に戻られる事になったとの情報をもらい、その時間に合わせてご挨拶に向かいました。Aさんの顔を見ただけで涙が止まらなくなり、これほど思い入れのある利用者様は初めてでした。

挨拶をしていると娘様がいらっしゃりAさんが部屋で出ていかれた後娘様より「ありがとう。」と泣きながら抱きつかれた時はもう涙が抑えきれず私も沢山泣いてしまいました。この出来事は看取りを経験した中で1番思い出に残る感動的な看取りでした。

この時はご家族様と一緒に二人三脚でAさんのケアが出来た事、娘様と職員の信頼関係がしっかり作ることが出来た事、ご本人様の意思を尊重したケアが出来た事、娘様の気持ちに寄り添い話を聞く時間が持てた事が良かったなと思いました。

娘様はAさんが帰天された後、施設でお手伝いをしたいと時々ボランティアに来てくださるようになりました。Aさんはもういませんがそれでも来てくださる関係を作れた事は私にとってもとても意味のある出来事だったと感じています。

【2. 考えさせられたエピソード】

感動的なエピソードを聞くと看取りってとてもいいなと思いますよね。私も看取りって素敵だなぁと思っていました…。しかし、良い事ばかりではありません。凄く難しいなぁと考えされられた看取りもありました。今度は考えさせられたエピソードについてお伝えします。

社交的なタイプのBさん。娘様もとても明るくAさんの娘様のようにとても協力的なご家族様でした。毎年家族旅行に行かれるほど仲が良く、ケアにも積極的に参加してくださっていました。Bさんの状況が悪くなっていったのは本当に早く、あれよあれよという間に悪化していきました。

ケアの方法も数日の間でどんどん変えていかなくてはならない程でした。ご家族様での旅行を計画されていた数日前にはもうご家族様で外出するのは難しい程になっていました。医師の診断は“老衰”こんなにも早く状態が落ちてしまう方は私の経験上初めての事でした。

ご家族様から看取りの同意を頂き看取りに。食事の時間以外起きるのが難しく食事も日によってムラがあり咽こみや誤嚥のリスクも高い状態でした。娘様は2日に1回のペースで面会に来てくださりその都度その日の様子などを伝えていました。

看取り期に入ってからも状態が落ちるスピードが速く食事を摂ることも困難になってくるとご家族様は毎日誰かしらが泊まり一緒に過ごされることになりました。部屋に簡易ベッドや電気ポットなどを用意しいつでも泊まりに来られる環境を作り泊まりやすいように努めました。

そんな中、Bさんの状態が落ちるのが早く娘様の気持ちが追い付かず不安な様子が見られるようになりました。看取りに同意をされていても「やっぱり病院に連れて行って欲しい。」「医者を呼んで欲しい。」「看護師は何故帰ってしまうのか。」等の要望が聞かれ始めるようになりました。

看取りの同意を取っていてもご家族様の要望に合わせ病院へ入院という事も可能なため、娘様の要望をケアマネージャーや看護師に伝えどうしていくのか話し合う時間を作ってもらうようにしました。話し合いを行った結果延命処置はしない為施設での看取りを希望されるという事になりましたが娘様の葛藤が痛い程伝わってきました。

延命はしたくないけれど苦しんでいるBさんの姿を見ると病院に連れて行った方がBさんが楽なのではないかと悩まれ、「医者に連れていって欲しい。」と話されたり「救急車を呼んで欲しい。」と話されたり…。看護師やケアマネージャーが居る時間であれば対応してもらえますが夜間だとオンコールするしかありません。

その都度「なんで母がこんな状態なのに看護師は家に帰るんだ。」と徐々に怒り始めるように…。日中のうちに救急搬送するという事は延命処置をする事だと看護師から説明を受けて納得されていても夜には「救急車。」と話される毎日…。

この時このユニットには新卒者と看取り経験の無い転職者と看取りに不慣れな職員が半数を占めており、一人の時間帯にご家族様の対応をすることがとても不安だという相談をされていました。看取り経験をしている私でさえどう対応していいのか困る状況だったので、未経験だと尚の事怖かったと思います。

Bさんの状態が落ちていくにつれ娘様からのナースコールの数も増えていき「この呼吸は何ですか?」「血圧はいくつ?」「辛そうなんだけど。」「何か食べさせて。」等の希望が…。これが10分~20分おきに職員が呼ばれ始め職員もどう対応していけばいいのか本当に悩みました。

出来る事なら呼ばれた都度対応したいのですが、職員1人しかいない時間帯で他にも9名の利用者様の対応があり、転倒注意な利用者様もいたためそのリスクを抱えながらの対応。呼ばれるたびに5分は対応していたため残業の時間も1時間を超えていくようになりました。

さらに娘様がノートに〇時〇分ナースコール。〇〇職員に△△を依頼。□□対応などをメモされるように。それを知った時には“訴えられる”のではないかと本当に思いました。ケアマネージャーや相談員に報告しどう対応していけばいいのか、娘様の心のケアをどうしていけばいいのか相談しながらの対応。

看取り未経験者だけでなく、関わる全ての職員のメンタルも疲弊していきました。医療的な面の説明は職員からは出来ないため救急搬送等の要望が聞かれた時には毎回看護師へオンコールし看護師から娘様に説明をしてもらう毎日。いっその事入院された方が娘様の心は安定するのではないかと思う程でした。

こんな状況が2週間程度続き、さすがに娘様の体力も辛くなり始め他のご家族様が泊まる事も増えてきました。介護経験者の方が泊まられた際は娘様の要望について申し訳ないと話されており、どうしたらいいのかとても葛藤されている旨の話をされました。

その事は私も他の職員も痛い程理解していましたが、その要望に対応しきれない事や娘様の不安を取り除ききれない事、他の利用者様の対応をほっておくことは出来ない事等職員もまた葛藤しながら仕事をしていました。慣れない職員には様々なケースに備えマニュアルを作り、不安な時はいつでも連絡していい旨伝えていました。

こんな日々を過ごしていくうちにいよいよ食事が全くとれなくなったBさん。看護師からもその旨の話を娘様に伝えていましたが、「食べさせて欲しい。」と食事を持って来られたり、お部屋で仰臥位の状態のまま口に食べ物を口に入れていたり…。誤嚥や窒息のリスクも出てきました。

看護師の方からその旨のリスクについて説明してもらうも扉を閉めた状態では中の様子が確認できないため何をされているか分からず…。ゴミ箱のごみを回収しに行くたびに食べ物の容器が捨ててあるのを見るとどうしたものかととても悩みました。

また、ある時は身内の方15人程が狭い部屋に押しかけてこられ、排泄介助の為声をかけに伺うと大鍋を出されみんなでワイワイと食事会をされて居酒屋かと錯覚するほど。その間もコールや職員を呼びに来られ今現在どういう状況なのか説明を求められたのは本当に大変でした。

その都度医療的な説明は介護士では説明が不十分になってしまうため看護師を呼んで説明してもらう旨伝え対応していましたが、これが毎日でした…。どうしたら納得していただけるのか本当に悩みましたし、看護師やケアマネージャーと何度も話し合いを繰り返しました。

看取りの同意を頂いて3週間もしないある夜、遅番の残りの仕事をしているとBさんの部屋より「お母さん。お母さん。ダメ!!」と大きな声が。部屋に伺うと娘様が心臓マッサージをされており呼吸が止まったのだとすぐに把握できました。看取りの同意を得ている以上職員が心臓マッサージすることはできません。

しかし、娘様の必死な様子を見て止める事も心臓マッサージが出来ないことも伝える事は出来ませんでした。ただ「看護師に報告してきます。」と伝え部屋を出る事しかできませんでした。どういう対応をしたら良かったのか今でも分かりません。

看護師がすぐに来る事を伝えるために部屋に戻ると、心臓マッサージを止めてBさんの手を握り泣いている娘様が。私は娘様に看取ってもらえた事はBさんにとってとても嬉しかったと思うという事・直前の排泄介助でBさんが声が出ない状況で口をパクパクさせ何かを話したがっていた事を伝える事しかできませんでした。

きっと感謝の気持ちを伝えたかったのではないかと…。看護師が到着するまでの時間がとてもとても長く感じました。看護師が到着後は看護師に対応を代わってもらいましたが、“訴えられるんだろうな”と不安に押しつぶされそうになっていました。

日が昇り施設内でお見送りをしているとたまたま面会に来られた他のご家族様よりBさんの娘様へ「ここの施設は本当によくやってくれたでしょう。他の施設も知っているけど、ここまでやってくれる施設は無いよ。ここで看取ってもらえてよかったですね。」との話が。

そのご家族様の言葉のおかげもあり施設を出る際には「いろいろと思う事が沢山ありますが、今回はありがとうございました。」と話され訴えられることはありませんでした。一気に緊張がほぐれホっとした気持ちと色んな感情が混ざりこっそり泣いたのは内緒です!!

今でも個人としても施設としてもどういう対応をした方が良かったのか、本当に看取りで良かったのか等答えが分かりません。施設としても看取りの困難事例として事例検討の題材として今でも検討されています。ご家族様の気持ちに寄り添う事がこれほど難しいのかと考えさせられる看取りでした。

看取り期に入られてから数年過ごされる方、数日で帰天される方等本当に人それぞれですが、看取りに入ってすぐ帰天された場合ご家族様の気持ちの整理が追い付かない事は当たり前だと思っています。ご家族様のメンタルケアも職員が身に付けないといけないスキルなのかもしれません…。

この2例が私が看取りを経験してきた中で今でも印象に残っている出来事でした。看取りを経験されている施設では同じような出来事を経験した事があるのではないでしょうか?自分の施設だけでなく、いろんな施設での様々な事例を聞いて学んでいく事も必要だなぁ感じています。

看取りは色んな事がありますが、私は看取りに対してその方の最期まで寄り添える事・ケアの見直し(本当にこのケアで良かったのか)と感じ、ケアを見つめなおすきっかけになる事からこれからも携わっていきたいなぁと思っています。



プロフィール

介護の学校を卒業し、介護福祉士として働き始めました。

介護福祉士歴14年で、26歳の時に、半年間ベトナムでの施設ボランティアを経験しました。

介護施設は現在で5社目で、今はリーダーとして働かせていただいています。

身長150cm台の小柄な介護士として

Instagramでは介護をする方へ少しでも役に立てるような発信をする活動をしています。

「今日が1番若い日」を心がけて、お年寄りに接しています。

介護士歴12年目、リーダー歴約10年です。


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(2023年7月31日)

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